2003.03/29up
FMブルー湘南
川名 匡の山に遊ぶ
(2003.03/22放送原稿)

雪洞と春の音

下界は本当に春らしくなって来ました。
先週は八ヶ岳に登りに行ってましたが、稜線を歩いていても、真冬の様な刺すほどの冷たさが無く、厳冬期の重装備をしなくても十分に行動ができました。降る雪も湿り気がある春の雪でしたし、山も日に日に春に近づいています。

3月も終わり頃になると、厳冬期の深い雪に、胸まで浸かってラッセルをしていたのが、いつの間にか雪もしまってきて、やがてカンジキを使わなくても歩けるほどに堅くなります。実は一年の内で一番山歩きが楽なのが3月を過ぎてから始まるこの残雪期です。夏は道が無くて行けなかったような山も、残雪期であれば雪の上を好きな道を作って登れます。締まった雪はとても歩きやすくて、行動範囲も広くなります。山スキーやテレマークスキーなどで行動するにも、山全体がまるで圧雪車で整地したスキー場の様に滑りやすくなるこの残雪期の時季が一番楽しいでしょう。

ところで皆さん、雪は暖かいってご存じでしょうか? そう、雪は暖かいのです。
今日はその暖かい雪に包まれて眠るお話をしましょう。雪洞のお話です。

[雪洞]

雪洞とは、積もった雪に掘る穴の事です。"雪"に洞窟の"洞"と書きます。特に雪が沢山積もっている時季は、テントよりも雪洞の方が快適な場合もあります。スコップとスノーソーという雪専用の鋸を使って作ります。なんと言っても、雪さえ沢山あれば、拡張工事しほうだい、好きなように作れるのが楽しいです。しかも雪は皆さんご存じのように0度前後ですから、高い山の中で、たとえばマイナス十何度という寒さの中でも、雪に潜ってしまえば暖かく眠れる訳です。ただ相手は雪ですから、たとえば中を暖めすぎるとポタポタと滴が垂れてきたりと、内部での生活の為の防水対策はしっかりとしなくてはいけません。それでも、全く経験が無い人が考えるよりは過ごしやすく快適です。作り方ですが、まず適当な雪の斜面に横穴を掘ります。入り口は人一人が入れる程度の大きさで、適当な深さまで掘り進んだら、今度は内部を掘り広げます。掘った雪は仲間と手分けして外に出します。普通2〜3人用の雪洞で、内部の広さは一坪程度でしょうか。高さは普通に座って頭が当たらない程度です。掘るのは思ったより簡単で、1〜2時間もあれば立派な雪洞が完成します。冷たい空気は下に溜まりますから、内部の周りに溝を掘り、入り口より若干高くした床を作ればさらに暖かくなります。壁や天井は持参した食器や鍋などで平らにします。小物を置く棚なども好きなように作れますので、凝り性の人だとちょっと時間がかかるかもしれません。天井を平らにするのは、でこぼこがあるとその部分からしずくが垂れるからです。入り口はツエルトなどのシートを使って塞ぎます。酸欠にならないように、空気穴も開けます。最後にテントでも使う断熱マットを床にひきます。断熱マットの下に新聞紙をひくと、マットがツルツルと滑ってしまう事を防げます。またこのマットが無いとお尻が冷えて眠れません。入り口を塞いでしまえば、ローソク一本を立てるだけで暖かくなります。壁が白いので、ローソク一本でも明るくなります。また雪は消音効果もあるので音が響くという事が無く、とても静かな空間です。

最近はあまり寝ることが無くなりましたが、昔は良く雪洞を利用しました。吹雪の中で3日間、雪洞に閉じこもった事もあります。少ない食糧をやりくりしてジッと耐えた熊さんの冬眠の様でしたが、それても今となったら楽しい思い出です。また積極的に雪洞を利用してテントなどの装備を持参せずに軽量化を計った山登りもしました。入念に計画を立て、快適に山登りができました。

雪に穴を掘ってつぶれない?と良く聞かれますが、ちゃんと作れば大丈夫です。ただ、2日も3日も連泊すると、中で煮炊きなどをして暖まるため、天井が低くなってきたりしますが、これもその都度修正すれば大丈夫です。さてもしあなたが、自宅で雪洞の雰囲気を味わいたかったら、中身を空っぽにした押入に入りましょう。私も子供の頃よく、押入に入って遊びましたが、ほとんど同じ雰囲気が味わえます。

[春の音]

さて、3月も終わり、やがて4月になると、豪雪地帯の山ではもう一つの春の訪れがあります。それは雪崩です。春の雪崩は底雪崩と呼ばれている物で、専門的には全層雪崩と呼ばれています。冬の間の雪崩は、降って積もった新しい雪が、その斜面の摩擦に耐えられなくて崩れ落ちるタイプの雪崩で、表層雪崩と呼ばれています。それに対して春の全層雪崩は、全ての積雪面にある雪が一気に崩れ落ちるモノで、規模も大きく、また破壊力も大きな雪崩です。もしその雪崩の下に居たら非常に危険な雪崩ですが、通常大規模な全層雪崩は、その発生予兆が比較的容易に分かりますので、登山者はそんな場所には入り込まない物です。ですから雪崩に遭遇して事故となるのはほとんどが真冬の表層雪崩であって、全層雪崩で事故になる事は非常にまれです。またもう一つ、これも雪崩の一つですがブロック雪崩という雪崩があります。これも冬の間に降り積もった雪が徐々に溶け出し、不安定に積もっていた雪がある時に突然崩れる物で、これも春の雪崩です。 4月の山に登っていると、その全層雪崩やブロック雪崩の音が良く聞こえます。ドーンとお腹に響くというか、空気の振動が伝わってくる様な重低音の音で、この大きな雪の固まりが崩れ、擦れあい、流れる音を聞くと、春になったなぁとつくづく感じるものです。いわば春の音でしょう。 雪崩の後からフキノトウが現れだし、やがて新緑の季節に変わって行きます。
一年中で一番山がにぎやかになる季節がもうすぐやってきます。

雪が大好きな"山岳一級遊び人" 川名 匡でした。 ではまた来週。


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