3月も半ばになって、下界は本当に春らしい気候になりました。山から下りてくるとその違いに驚かされます。
実は昨日まで、雪の八甲田山に行ってました。
4日間ほど居ましたが、山は連日雪が降り続き、とても春という雰囲気では無かったですが、だからこそこうして横須賀へ帰り着くと、その温暖な暖かさにつくづく幸せを感じます。今日は、まだ春はもう少し先の八甲田のお話をしましょう。
八甲田山と言えば、もう公開25年も前の映画、「八甲田山」が思い出されます。明治35年、ロシアとの戦争を間近に控えた日本陸軍の、青森第五連隊による雪中行軍という冬期訓練で、なんとその参加者のほぼ全員にあたる200名の兵士が八甲田山で遭難死しました。これは実際にあった遭難で、山岳遭難としても最大のものでしょう。原作は山岳小説家として有名な新田次郎。その実話を元にした映画でした。その映画から来る八甲田のイメージは、とても広大な山深いところという感じでした。しかし実際の八甲田山は南北の山系合わせても直径50キロほどの周囲に広がる山で、夏場ならば2〜3日もあれば走破できる程度の広さの地域です。でも、やはりその八甲田山が真意を発揮するのはやはり厳冬期から残雪期に渡る積雪期でして、その山の中央近くまで深い場所にある通念営業の温泉宿によって、今では手軽に雪遊びができるフィールドになりました。
今回私が行ったのは、八甲田山の中央に位置する酸ヶ湯温泉という宿です。この温泉宿に3泊して、毎日日帰りで八甲田の山々をスノーシューで歩くという企画のツアーでした。八甲田の山は、比較的穏やかな起伏の地形をしているので、雪原を歩く道具として適しているスノーシューが大活躍します。
酸ヶ湯温泉のお話もちょっとしましょう。
酸ヶ湯温泉は何年か前のJR東日本のポスターでも有名になった、青森県でも指折りの温泉宿です。ポスターでは数十人の老若男女が肌を寄せ合ってお風呂に浸かっているという絵柄で、見た記憶がある人も多い事でしょう。酸ヶ湯の酸(ス)は酸性・アルカリ性の酸(サン)という字を書きます。実際に酸性度が強く、お湯を飲むと思いの外、とても酸っぱい味が口に広がります。何となく程良く発酵したお酒を飲んでいる様な味で、思わずお代わりしてしまいました。という訳で、打たせ湯をしてお湯が目に入ったりするとピリピリとしみるし、泉質上あまり長湯ができないのですが、無類の温泉好きの私としては長湯を決め込みましたがやはり1時間程度が限界でした。お風呂は、有名な千人の湯という大きなモノで、千人は無理にしても、詰め込めば百人や二百人は入れそうな感じです。混浴で、女性陣も入っていましたが、湯船と室内温度の差が激しい冬場はお風呂場全体に濃い湯気が立ち、ホンの数メートル離れるだけで何も見えなくなる様な状態です。しかも大きな湯船は小さな看板によって中央から男女に別れていますので、女性が同じ湯船に入浴している事は、その声だけで分かるというものでした。なんでも、夏場はこの湯気がほとんど無くなって、大きなお風呂場全体が見渡せるそうですので、自信のある方はどうぞ夏にいらしてくださいとの事です。
若くてはつらつとしたブナ林に囲まれた、とても雰囲気の良い温泉でした。
今回スノーシューを使って歩いた場所は、宿泊した酸ヶ湯温泉の周辺。そして蔦(ツタ)温泉というところにある蔦の七沼という小さな池が点在するところ、そして酸ヶ湯温泉が登山口になっている、八甲田山の最高峰、大岳へ登るコース上の稜線にある仙人岱(タイ)ヒュッテという、冬期も解放されている避難小屋まででした。 特に仙人岱ヒュッテ周辺は、いわゆるモンスター。大きなアオモリトド松の樹氷に囲まれていて、とても幻想的な世界が広がっています。 今回は、その八甲田の写真、そして樹氷の写真を多く撮っていらっしゃる、写真家のいちのへ義孝さんとご一緒させていただいて、現場で樹氷を見ながら樹氷のお話を聞いたり、八甲田の山々のお話を聞いたりして、とても感激でした。青森弁でぼくとつと話す、いちのへ先生のお話がとても面白くて、今回初めてお会いしたのですが、数日間ご一緒させていただいてすっかりファンになってしまいました。4日間、スノーシューを履いて、いちのへ先生の後を歩きました。先生は、ほとんど八甲田山の主の様な存在で、八甲田の事ならば隅から隅まで熟知しています。ですから、コンコンと雪が降り続く山の中で聞くお話、お風呂場で湯船に浸かって聞くお話、部屋でお酒を飲みながら聞くお話、全てが興味深い八甲田の山話で、とても楽しい四日間でした。 今回は初日から最終日まで、雪が降り続いていました。もっとも、予定していた行程はほとんど消化でき、元々八甲田の雪を見に行ったのですから、これはラッキーだったとも言えます。降り積もったばかりの新雪はふわふわととても軽くて、口に含むと咳き込むほどの柔らかさです。トレースの全くない深い深い雪を、自らのスノーシューでけり込んで、ふわふわの雪を煙のようにかき分けて進むのが楽しくて、思わず仕事だと言うことを忘れるほどでした。とっても楽しい4日間でした。
先日登ってきたアフリカ大陸のキリマンジャロは、日本では全く見られない様な広大な大自然の世界で、そのスケールの大きさに圧倒されましたが、やはり私の好きなのはこの日本の雪景色でしょうか。コンコンと降り積もる深い深い雪の中に、白い湯気を立ち上げている温泉宿があり、頬に着く冷たい雪が静かに溶ける感覚を味わった直ぐ後に、ゆっくりと温泉に浸かる…。こんな日本の冬が大好きです。
今週末は中央アルプスに登ってきます。さてここではどんな雪が待っていてくれるのでしょう。
帰りましたらまたご報告します。
雪が大好きな"山岳一級遊び人" 川名 匡でした。 ではまた来週。
← 前週の放送 次週予告 →
E-Mail : Tadashi Kawana [Copyright(c)1999]
![]()