先週は秩父の山に登っていました。
今回は山岳ガイドのお仕事ではなくて、昔からやっていた気象コンサルタントがらみのお仕事でしたが、メインは資材を担ぎ上げ、そして上げた荷物より多い物資を担ぎ下ろすという、単純作業で、ほとんどボッカ仕事でした。
ボッカとは"歩く荷もつ"と書きます。つまり、あまりに大きな荷物を担いでいるので、担いでいる人よりも荷物が目立ち、遠くから見るとまるで荷物が歩いている様な姿に見えるので、歩く荷物、つまり歩荷と言います。
毎朝山に入り、長くて登り一時間弱の道のりですが、場所にょっては3往復、毎日軽くて20キロ、重くて40キロ程度の物を運び上げ、そして運び下ろしていました。おかげさまで毎日毎日おいしい夕食をたらふく食べても、体重は一向に増えず、丸2週間で、どちらかと言えば体もスッキリとしてきました。重労働の後の食事は本当に美味しいものです。
日本猿が多い山で、毎日の様に猿に出会いましたが、鹿にも数回会いました。
今日はその時に会った若い牡鹿の話をしましょう。
私がお昼休みでボーっとしている時、山の上の方から走る足音が聞こえだしたかと思ったら、いきなり私の目の前に、立派なツノをはやした若い牡鹿が現れました。私もビックリしましたが彼もビックリしたのでしょう。私と一瞬目が合ったかと思ったら、横の谷間に一目散に駆け落ちて行きました。彼とも出会いはそのほんの数秒間でした。さてそのすぐ後、今度は猟犬と思われる犬が三匹、やはり私のいるところまですごい勢いでかけてきました。地面に鼻を着けながら、その場で一週ぐるりと一回りをして、つい今し方、ほんの数秒前に牡鹿が駆け下りた斜面に、次々に飛び降りて行きました。そしてその1〜2分後……、谷間からドーンと銃声が一発。
最初に現れた牡鹿くんが慌てていたのは当たり前で、狩りで追われていた訳です。あの牡鹿がしとめられたか、はたまた逃げ通したかは、私には分かりません。ですが、私と目を合わせた時のあのおびえた様なそして必死な瞳が今でも忘れられません。またその牡鹿を追いかけていた犬たちの目、私の認識不足だったのか、以外だったのはいずれの犬たちも、一言も吠えなかった事です。モクモクと鹿を追い求め、私という人間と出くわしてもほとんど無視をして、一言も吠えず、夢中になってにおいを追いかけて行ってしまった犬たち。彼らの真剣な目もすごく印象的でした。その真剣な動物たちに人間の関与する余地はありません。例え最後に鉄砲でしとめたのが人間でも、銃口の先まで追いつめたのは彼ら犬たちで、牡鹿はまた生きるか死ぬかのギリギリのところで、必死になって戦っていました。彼らが、私の前から風の様に通り過ぎてからの何十秒か、私はそれぞれの生き物たちの息づかいと必死な目を思い出して、何となく感動的にすらなってしまいました。しかし、それも一発の銃声で現実に引き戻されました。
その日は、その後もずっと、何かしらボーっと考えてる時間が多く、
誰が悪いとかいうのではなく、すごい物を見てしまったなぁという気分でした。
ところで、その時の私の服装が黒い上着でして、後で会った地元の人に、「そんな服着てたら撃たれるよ」と脅かされてしまいました。黒っぽい服はハンター達から熊に間違えられて、よく誤射されるそうです。そういえば、以前このブルー湘南の"遊びに来ませんかスタジオに"へも着てくれた、カナダのロッキー山脈を冬期縦走している田中幹也さんも、黒いボアボアのフリースを着て山を歩いたいたら、カナダの地元ハンターに注意されたそうです。そんな話を思い出したりもしました。 その後、山鳥を撃ちに来たというハンター達ともあい、色々と猟の話も聞かされましたが、特に大物を相手にする時は、彼らもまた命がけというところもある様です。
こうして横須賀に住んでいると、あまりそういう事には関わりが無く、全く無責任に色々と考えてはしまいますが、世の中、色々な事があるんだなぁという感じです。皆さんはどうでしょうか?
さてそうして、ずっと秩父の山に登っていました。
その間には、ちょっと暇をもらって丹沢にガイドで登ったり、そして先週は湯桧曽温泉にとまり、今年初めてのまとまった雪の上を谷川岳に登ってきました。秩父の前はネパールでしたし、ここの所ずっとずっと山から山へという感じが続いています。 そして、早いモノで、今年も残すところあと一ヶ月となりました。そろそろ、今年はよかったとか、ついてなかったとか、一年を振り返る時季になってきました。
私、川名の今年ですが、まず何があったかな〜と振り返ると、山登りを始めてから最高に山に行った年でした。ほとんど毎週の様に出かけて、登りすぎて膝も痛めてしまいました。海外の山も数回行きました。その中で、印象に残っているのはやはり新疆ウイグル自治区への旅でした。何度も行ってるネパールとは、また一つ違った雰囲気の国でした。どうやら山岳ガイドという職業も、何となく起動に乗ってきたというか、ご職業は?と人に聞かれて、はずかしげもなく「山岳ガイドです」と言える様になってきました。
さてあと1ヶ月、今年もまだまだ山の予定がありますが、一つ一つ踏みしめて、山を登る事にします。
今日明日は富士山に登っています。お天気がいまいちなので、あまりいい景色は期待できませんが、トレーニングが目的ですので、しっかりと鍛えて来ようと思っています。
雪が大好きな山岳一級遊び人、川名 匡でした。ではまた来週…
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