2002.11/17up
FMブルー湘南
川名 匡の山に遊ぶ
(2002.11/23放送原稿)

異国順応と高度順応

先日ネパールに行って来た余韻で、まだネパール気分が抜けません。
私は毎回そうなんですが、海外へ行くとその国にしばらくいる事で、体の中に取り込む空気や水や食べ物や耳から聞こえてくる数々の音や、目からはいる風景等々、様々な物が体の中にどっぷりと入り込むのでしょうか、不思議とだんだんに体がその国に馴染んでくるのが分かります。もっとも初めて行った時のネパールでは、山に入った途端に体調をこわし、なんと20日間も下痢が続き、とうと日本に帰った時には体重が16キロも減っていましたので、その頃はとても馴染むという様な段階では無かったのかもしれません。しかしそれが二度行き三度行きしていると、"あの"ネパールでも、だんだんと体が慣れてきた…というのでしょうか、今では生野菜や揚げ物を食べても下痢もせず、あのホコリっぽい空気を吸い続けていても喉もおかしくならない様になりました。これは多分に気分。気持ちの持ち様というか、つまりストレス、精神的な部分が多いのでしょうが、それでも、何かしら私の体の細胞達が、ネパールという環境を覚えこんでいて、順応してくれているのかなと思ったりします。

標高の高い山に登る時は、いきなりだと高山病になってしまいますので、その空気の薄さに慣れるため、徐々に標高を上げていったり、ゆっくりと歩いたり、また一度上げた到達高度をまた一端下げて休養をとったりする、いわゆる高度順応というものがあります。海外の慣れない土地にいきなり行くと最初は何となく居心地が悪くても、そのうちに体が慣れてきて、いつの間にか何でもなくなってしまうのは、高度順応の様なモノで、言い換えれば"異国順応"の様な気がします。

そして、こうして日本に帰ってきても、しばらくはその国の空気が体の中の何処かに残っている様な気がします。それでいつまでも余韻が消えないのかもしれません。それがネパールの様な、強烈なイメージの国であればあるほどに、異国順応は後を引きそうです。 さて、高度順応の話が出ましたのでこの話をもう少ししましょう。 標高が上がれば上がるほどに空気が薄くなる事は皆さんご承知だと思います。 高度順応とは、標高の高いところに行く為の体にするという意味で、主に空気が薄くなる為に起こる低酸素症状を少しでも緩和させる為のトレーニングです。皆さんご存じのように、人間は空気が無いと生きてはいられません。食べ物は何日間か、水は一日くらいは無くても生きていられますが、空気が無くなれば数分で意識がなくなってしまいます。そんな、人間が生きて行くのに重要な空気が薄くなるのが、高所と言われている場所です。富士山の8合目付近、標高3500メートルで地上の3分の2。標高5500メートル付近は、地上の半分の空気しかありません。ちなみに世界最高峰のエベレストの山頂は、地上の3分の1になります。この空気の中に含まれている酸素は、脳の活動や筋肉を動かす為に必要不可欠な物です。空気が薄い事によって起こる高山病の症状は、まず頭痛から始まって、食欲低下、吐き気、疲労感、顔などのむくみ、セキや息苦しさなどの呼吸障害などがありますが、これらは誰でもある程度なってしまうもので、これが激しい頭痛や反射的にみられる嘔吐、オシッコの量の減少、思考力の低下、意識障害や視力障害などが出てきたらこれは重症の高度障害の徴候として警戒しなくてはなりません。私は一昨年前のヒマラヤで、冒頭にもお話しした様に、20日下痢が続きました。食べ物や水、そしてストレス等が原因とも思われますが、酸素不足によって内臓の筋肉がうまく働かなくなってしまっていた事も原因の一つとして考えられ、これも高度障害の一つと言えます。もっとも私は、その20日以上続いた下痢のおかげで、結果16キロの減量になって、日本に帰り着いて自分のお腹周りを鏡に映してみて、こう…うっとりとしてしまいました。自分のぺったんこのお腹は久しぶりに見ました。まぁ、そのお腹も、半年も待たずに元通りとなってしまって、今は元のタヌキ腹となっています。ですから実は、お腹をこわすのを毎回ちょっとだけ楽しみにしているのですが…最近はネパールに行ってもとんとご無沙汰です。

パルスオキシメーターという計測機器があります。その人が、酸素をどの程度体の中に取り込んでいるのかを計る機器で、血中酸素飽和度(SpO2)を測ります。普通の若い人で、海抜0メートルでの酸素飽和度は100パーセント近い数値を示しますが、高所に上がるにつれてこの数値が低下していきます。しかし、高い場所にしばらくいると、一端下がった数値がまた上がってきます。あまり数字に惑わされるのもよくないのですが、実際にこの数値を計ることによって、その人が危険な状態にあるか、又は高度順応ができつつあるかを数値的に見る事ができます。ヒマラヤ経験のない医療関係者の方達に話すと、それは機械が壊れているんだとかよく言われますが、高度障害が出ている人の数値は50%以下となる事もまれではありません。

高度障害ならない、つまり高山病にならないためには、まず酸素をできるだけ沢山、体の中に取り入れる事につきます。意識して常時深呼吸をする。できれば腹式呼吸がベストです。この意識して常時深呼吸をすると言うのは実は難しくて、私なども、何か他の事をしていると直ぐに忘れてしまったりしますが、慣れれば何とかなるものです。そしてこれはあれ?と思われるかもしれませんが、呼吸が浅くなる深い眠りはしない事。地上では体を休める最良の方法である睡眠が、実は高所では傷害の原因になってしまうのです。体の循環機能を高めるために水分を沢山取り、トイレにも沢山行く事。意識して沢山水を飲めば、夜中のトイレも近くなり、深い眠りにならずに何度も起きたりして、結果として酸素を沢山取り入れ続けられる事にもつながります。

また、高所の話、ネパールの話しましょう。
今日もネパールの歌を聴きながらお別れします。

山岳一級遊び人、川名 匡でした。ではまた来週…

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