1999.5/18up
FMブルー湘南
川名 匡の山に遊ぶ
(1997.11/01放送分)
ある若い木との会話
先週、越後湯沢のお仕事から帰ってきました。と言っても明日また同じ場所に出かけるのでけど……。
さて先週は、湯沢近辺が丁度よい紅葉できれいでした。私が通っている場所は、標高1400〜1500メートル付近で、山の上はもうほとんどの葉が落ちて、寒々しい姿です。先週はとてもいい天気が続いて、夕方には少し雲が出ますが、夜中には満天の星がでて、朝は雲一つない快晴という毎日でした。ところが、週末の土日を利用して、そのまま遊びの山へ登る計画をして、越後湯沢のすぐ近く、巻機山という山に登る計画だったのですが、なんと土曜日から雨模様。日曜日は高い山は雪模様となってしまい、とても残念でした。当初、巻機山の米子沢というとてもきれいな沢を登る予定だったのですが、いつ雪に変わるか分からない雨模様の中で沢登りをするのには少し臆病な性格ですので、合羽を着て登山道を歩きました。ガスに包まれてなんにも見えない山でしたが、霧の中にかすかに見える滝や紅葉がとてもいい雰囲気をかもし出していて、それなりに楽しい、というか、頭の中を洗浄されたようなすがすがしさを感じました。やっぱり一番いいのは真っ青な青空ですが、霧に包まれた山もまた良かったです。
さて今日は、仕事場で出会った、ある木の話をしましょう。
3年ほど前の秋ですが、山の中に道を作る作業をしました。自分たちの仕事で機材を荷揚げする為の作業道ですが、尾根の中で一番傾斜の緩い場所を選んで作る訳です。当然大きな木があればよけます。ほとんどは熊笹の中をチェーンソーでかき分けて作るのですが、その延長線上にその木はありました。直径5〜6センチほどのまだ若い木でした。まあ5〜6センチていどですからチェーンソーで切れる大きさです。その場所は丁度まっすぐに道を作れるど真ん中でして、通常でしたら切られる運命にありました。作業する人がチェーンソーを持ち前を進み、私は後ろから着いていました。チェーンソーの大きな音の中で、バサバサ切られていく熊笹が何かしら哀れで、何となく身が引き締まる思いでしたが、そんな時、声が聞こえたのです。それは声と言うより、空気の振動のようなものでしたが、まさしく叫び声でした。ふっとその方向を見たとき、私は前方のその若い木があげた声だと直感しました。その木がチェーンソーで切られる直前、私はその作業をしている人に、「そこから右に登りましょう」と声をかけました。その場所は、斜面を斜めに横切りながら登っていて、まっすぐに登れば数メートルの目の前が尾根上でした。ですから、そこから横にそれる必要はなく、そのまま登って尾根に出て右に曲がればいい訳です。ですが道は右に曲がって、少しきつい傾斜を登って尾根に出ました。そしてその若い木は残りました。雪国の山では、豪雪の影響で、くねくねと曲がった木が沢山ありますが、その木は、スーッとまっすぐにのびた素直な木で、背の高さは2メートル半位。頭の方にまとまった葉があり、きれいに紅葉していました。道ができあがり、下りながらその場所に着くと、先ほど聞こえていたチェーンソーの騒音が無くシーンとした中で、その若い木の葉っぱがそよ風にカサカサとそよぐ音が聞こえました。もうその木の声は聞こえませんでしたが、私はその若い木の木肌をそっとなでて下りました。それから3年。その木のことも忘れていたのですが、ではなぜそんなお話を今するのかなんですが、実は先週、その同じ場所を荷物を担いで登っていた時です。当然荷物が重いから下を見て登っていたのですが、フッと声が聞こえました。音で聞こえた訳ではありません。なんかこう、頭の中に直接聞こえました。その声にビクッとして顔を上げると、そうです、その若い木がありました。3年前に見たその姿とあまり変わりのない姿でしたが、同じようにきれいに色付いた葉が頭の方に集まっていて、何か可愛らしく感じました。全然大きくなったって感じは無く、ホントに3年前と変わらない姿だったのですが、いゃ、本当は少しは成長しているのでしょうが、見た目には分からない位の成長なのでしょう。この若い木は、このまま何十年何百年と、つまり私が死んだ後もこの場所に立っているんだろうな……とふと思い、また、木肌をなでてきました。そして、写真も撮ってきました。後何年、私があの若い木を見ていられるか、あの場所を訪れる事ができるか分かりません。やがてその場所での仕事も終わり、道も使われなくなればすぐに熊笹に覆われ、他の若い木も伸び出して、やがて何十年何百年かすれば道があった痕跡も無くなって、あの若い木はその命が芽生えた頃と同じように、山の中のただ一本の木になるのでしょう。そんな姿を見てみたいなぁ……と思いました。
さて今日は、ある若い木のお話をしました。
実は今週も、山に出かけてその若い木に会ってきます。
そいつに会ったら、「おまえのこと、ラジオで話しちゃったよ」と言うつもりです。
さて何て答えてくれるか楽しみです。
そろそろ山は真っ白くなります。私の大好きな雪の世界です。
また、山から下りたらお話しさせてもらいます。
一級遊び人:川名 匡でした。ども
E-Mail : Tadashi Kawana [Copyright(c)1999]