こうして私みたいに一年中山登りをしていると四季折々の山の身支度がありますが、なんといっても一番の準備期間が必要なのは冬本番になる直前のこの季節です。
従ってこの時期はこれからの季節、山に登るための色々な準備があります。
その中でも、登山装備を手入れしたり買い足したりの準備は、買い物好き、道具好きの私にとっては楽しい準備となります。
また、装備をそろえるだけでなく、体を冬の寒さや雪上での行動に慣らすためのトレーニングもあります。
まだ今よりも全然若い頃、耐寒訓練と称して、日に日に寒さが厳しくなってくるこの時期にTシャツ一枚で過ごしたこともありました。夜寝るときも薄手の毛布一枚で畳みの上。外出はすべてTシャツです。人間の体というのはすごいもので、はじめはもちろんガタガタ震える毎日でしたが、それでもやせ我慢をしてやっていると、だんだんと体が慣れてきます。なれてきた後は、冬の標高の高い本格的な雪山に登っても、確実に1枚薄着で行動することができました。いい服や登山装備がが買えなかったという金銭的な理由が、そんなことをした訳のほとんどすべてだったのですが、実はそれだけではなくて、一枚薄着をして行動できることによって体の動きが楽になり、非常に快適な動きができたり、いざ耐えられないくらいに寒くなった時には、普段着ていない防寒具を羽織ることによってとても暖かかったりと、効果は大きかったです。もちろん中年おじさんのこの時期になると、効果はあると思っていてもやる気がとんと起きません。
数年前の話ですが、今お話ししたような事を山登りの新人の若者にちょっと自慢げに話したら、彼はなんと翌日から実行しだして、さらに過激なことに自分の家のベランダで毛布一枚で寝ているのだけど大丈夫でしょうかと、その彼のお母さんから電話がかかってきて、参った事がありました。その話を聞いただけでブルッと寒気が走って、私にはもうまねできないなぁと、しっかりおじさんになっている自分を発見しました。
ところで、冬山に登るためのトレーニングは耐寒訓練だけではもちろん無くて、雪の上を歩いたり斜面を登ったりの訓練、そして冬専用の特殊な道具を使うための訓練があります。特に雪国育ちでない私のような人間には、雪の上を歩くことだけでも非日常的な特殊な行為ですので、トレーニングが必要です。この時期は毎年毎年、その種のトレーニングをしていますが、凍り付いた斜面を滑らずに下ったりするのはとても難しくて、何年やっても雪国生まれの人にはかないません。やはり物心ついた頃から雪の中で生活している人にはかなわないなぁと、つくづく思ってしまいます。そして12月に入ると、まず今冬初めての本格的な雪山の富士山に行きます。富士山はこの時期、毎年登っていますが、目的は雪上トレーニングです。富士山の雪斜面を使って単純な歩き方から始まってアイゼンを使った行動方法やピッケルなどの使い方を反復練習します。ここのところ富士山も暖冬の影響であまり雪が多くないので、初冬のこの時期はトレーニングをする斜面を見つけるのが大変だったりしますが、それでも欠かせない行事のひとつです。
というのは、一年中雪山に登っている人ならばいざ知らず、我々の環境だと夏場は雪のない山に登る事になります。そして半年たっていざ雪山に登ろうとした時に、その雪山を登るための感みたいな物が鈍ってしまっている事がほとんどです。もっとも何年もの冬山経験が有れば、始め出せば次第に感は戻ってきますが、それでもそのシーズンのはじめは何となくぎこちなくなるものです。それで、その感を取り戻すために、例え何年もの経験があっても、初心者と同じく、雪上トレーニングをしなくてはなりません。
さて、11月恒例行事としては、その12月の富士山に行くための更のさらにトレーニングがあります。鷹取山などの岩場を使い、アイゼン歩行の訓練です。アイゼンとは、凍り付いた雪の斜面でも滑らないように、靴の裏に付ける金具です。岩の上をアイゼンを付けて歩きそして登るのはとてもしんどいのですが、こうしてアイゼンを履いて歩くことになれて、足の延長というか、足の一部になるようにする訳です。今お話しした様に、一年中雪山でしたら、私のような鈍感な人間でもだんだんと慣れてくるのでしょうが、毎週のように山に登って、ちょうど足がなれてきた頃、残念かな雪が溶けてしまいますので、結局また暖かい時期に忘れてしまいます。毎年毎年、おいかけっこの様にトレーニングを続けて、山に登っています。
そして、11月も終わりに近づくと、標高の高い山や豪雪地帯の山々は、それまで降っては溶けていた雪が寝雪の状態になります。こうしていったん雪が積もりだすと後はもうどんどんと積雪量は増えていき、山は私の大好きな白銀の世界になる訳です。富士山はそろそろ7合目以上。北アルプスの稜線も真っ白です。ですから、11月に入ったら、冬山を目指す私たちは冬装備の手入れを始めるという訳です。ピッケルを出して磨き、アイゼンの歯を研ぎます。シュラフもそれまで使っていたスリーシーズン用から冬用の分厚い物に変え、手袋も手の保護が目的だった物から防寒目的に変わり、夏場活用していた雨具は、冬用のヤッケに変わり、下着類も汗対策が主だった物から、より性能の高い防寒用の物に変わります。冬の登山装備は、ほとんどすべてが冬専用の物に変わります。
冬の山登りは、夏山とは全く違う世界ですので、その変化を味わうのも楽しみの一つである訳です。
と言うわけで、一年中で一番準備に忙しい11月のお話しでした。
山岳一級遊び人、川名 匡でした。ではまた来週…
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