1998.12/24up

北アルプス・剱岳山行

△▲△森羅△▲△


剱岳・八峰上部


剱岳山頂にて 期  日:1998年7月28日〜8月3日
メンバー:L川名/カンスケ/トラ杉/ゆーちゃん/街戸絹虎
行  程
7/28(火)東京8:48(上越新幹線)→湯沢10:10(ほくほく線)→富山12:10(昼食)13:49→室堂16:00
      室堂17:00〜雷鳥沢17:40※テント泊
7/29(水)雷鳥沢09:00〜別山乗越10:35/10:50〜剱沢12:00
7/30(木)雨の為停滞
7/31(金)[源治郎尾根]
      剱沢5:41〜平蔵谷出合6:40/7:00〜チョークストン上部9:00〜支尾根のコル10:00
      〜I峰ピーク10:45〜I・IIのコル11:00〜II峰ピーク12:00〜剱岳山頂着13:16
      剱岳山頂発13:34〜剱沢着16:00
8/01(土)[剱岳ビストン]
      剱沢06:00〜前剱〜剱岳山頂〜前剱〜剱沢15:00
8/02(日)剱沢11:00〜別山乗越12:00〜雷鳥沢14:00
8/03(月)雷鳥沢〜室堂→富山→湯沢→東京


 森羅の夏の山行は剱岳になった。しかし今回もなかなかみんなのスケジュールを合わせることはできず、結局参加者は5名だ。まず先発として私とカンスケが入山し源治郎尾根を登る。そして杉さん達が入山し最後には仙人池を通ってトロッコ電車で締めくくるという計画だった。しかし今年の夏は異常気象続きで、山行の前半後半ともに雨で振り回された。結局8月になっても梅雨は明けなかった。

前剱への登り [1日目〜入山表で1時間]7/28 曇り
 朝立ちで富山に入り室堂に着いたのは午後4時だった。こんな時間でも、今日は雷鳥沢泊まりだから気楽だ。室堂の登山センターに入山表を提出に行ったらこの紙に書き直して下さいと言われる。私がせっかくパソコンで作ってきた入山表では受け付けないと言うのだ。せっかくカラー印刷で全員の顔写真まで着けたのに私の苦労はどうなるのだ。ちょっとむっとしたが大人である私は静かに所定の入山表に書き変えた。見れば記入しなくてはならない所定の項目は私の入山表の中にしっかり書き込まれている。なのになんで書き直さなくてはいけないのだろう? ファイリングするときに綺麗で見やすい以外に利点はないと思うのだが……。何となくお役所仕事の融通のなさを感じる。結局いい加減に書き直すのもしゃくなので、しっかりと全員の住所氏名緊急連絡先からエスケープルートまで入れた全行程の全部を書いていたらなんと30分ほどかかってしまった。こんな事なら前もって郵送すれば良かった。郵送だったら書き直せとは言ってこないだろうに。コレでは入山表を出さないで登ってしまう気持ちも分かる。おかげで室堂出発は5時となり、歩いているうちに暗くなってしまった。雷鳥沢に到着。土が濡れていて泥だらけの場所にテントを張る。

[2日目〜剱沢入山]7/29 晴れのち曇り
 今日も剱沢へ行くだけなのでのんびりと出発する。ゆっくりと睡眠をとってのんびりと出発したので、いつもならバテバテになる別山乗越への登りが快調だ。考えればいつも山の初日は寝不足で登る。だから調子が出ないのだと思う。私は家にいると夜型で夜が白々と明けてこないと布団に入らない。仕事もそして遊びでも、パソコンを動かすのは夜中がはかどるからだ。(今こうしてこの文章をパソコンに打ち込んでいる時間も午前3時過ぎだ)だからたとえば朝一番で山に入る計画でも早く眠ることができない。たとえば夜の10時頃に布団に入って眠ろうとしても結局何時間も寝返りをうって天井を眺めているだけになる。結局寝ずに登ってその晩は早くぐっすり眠る。だから私の場合、山登りが調子よくなるのは2日目からだ。ところが山というのは、最初に必ず登りがあるから始末に負えない(?)。しかし、今回は1日目は雷鳥沢までのほとんど登りのない1時間程度の歩きで、しかも睡眠もぐっすりとって快調な2日目だ。毎回この行程でこれればいいな……。なんて事を考えながら登っているといつの間にか別山乗越に到着。ここからの剱はド〜ンとして格好いいのだが、今日はガスに隠れてなにも見えない。しばらく休みガスの中に下る。
剱沢へ向かう  昼に剱沢に到着。カンスケと二人してテン場の受付に小屋に行ったらなんと小屋の前にカンスケがいた。と言うのは、ジュースの缶をつぶす機械で名を"缶助くんジュニア"という。カンスケが「ああ〜!」と言いながら指をさしたが、二人して笑ってしまった。しっかりカンスケ同士で記念写真を撮る。ジュニアと言うからにはお父さんかお兄さんがいるのだろう。今度会ってみたい。

缶助くんJr  時間が早いので別山岩場でも行ってウォーミングアップをしようかという話になったが、そうこうしているうちにガスが下りてきてあまりいい雰囲気では無くなったのでやっぱり止めた。のんびりとお茶でも飲みながら夕飯の支度をする事にする。昨日は暗くなってからテントの中で食事の支度をしたが、今日は明るいうちに外で食べられそうだ。その方が気持ちが良くていい。

ガスが切れる [3日目〜停滞]7/30 雨
 雲が低くたれ込め、朝からポツポツとする。停滞を決めたが、なにもする事が無く、二人でてんでに持ってきた本で読書タイムに入る。午後、源治郎尾根のI〜II峰辺りがちょこんとガスの中に現れたがそれっきりなにも見えない。考えたら今回はまだ一度もまともな剱を拝んでいない。ただ山というのは不思議なモノで、これでもかと見えるよりもああしてガスの中から少しだけ顔を出す方が、底知れない圧力がある。しばらく本を置きぽ〜っと眺めていたが、あまり見つめられて恥ずかしかったのか、またガスに隠れてしまった。そうなるとまた、する事は読書だけでだ。暇つぶしにしりとり歌合戦などにも挑戦したが、二人だとすぐにネタ切れになってしまい続かない。
 明日は杉さん達が入山してくるが、源治郎尾根にも行くつもりだ。晴れることを祈って今日も明るいうちに夕食として、ほとんど暗くなるのと一緒に寝た。ランタンのガスは節約できるし、なんと健全な生活だろう。

[四日目〜源治郎尾根]7/31 晴れ〜曇り
 今日は道のりが長いので早起きをする。朝食を済ませ身支度を整えて6時前に出発した。剱沢の残雪もかなり下まで行かないと現れなかった。それでも谷の中まで行けば残雪が沢山だ。雪踏みをして平蔵谷出合にある源治郎尾根の取り付きに到着。

平蔵谷
支尾根に向かう  チョークストンのある取付に着く。誰が忘れたのかまだ新しい行動食がスーパーの袋に沢山入って岩の上にちょこんと置いてある。覗いたら美味しそうだったがそのままにしておいた。雪が全くなく、どうやって取り付くのかしばし思案の末、結局強引に乗り越す事にする。しかし次に現れたチムニー上の滝が手がかりがまるでなくお手上げ状態となる。ゲっコレが初心者コースの取付のルートかなと思ったがもう後へは引けない。しばらく私が頑張ったが駄目なのでカンスケにチェンジ。カンスケが見事リードして登り切った。引き続き私が登るがやっぱり駄目だ。チムニーの中に体が入らず全くお手上げ状態。で、もうこうなったらと強引に芋虫状態でチムニーに挟まりずり上がってやっと登れる。しっかりと滝になって水は流れていて、二人とも登り切った時はびしょぬれ状態であった。渓流シューズがあったらもっと楽に登れただろう。

 ルンゼ上の沢をしばらく登る。ここからはほとんど悪い場所は無く、どんどんと高度を稼ぐが、傾斜が段々ときつくなってくるので左側の尾根を目指して登った。やがて踏み跡のある尾根上に出て、しばらく行くと支尾根のコルに到着した。なんとここまでで3時間もかかってしまう。あのチムニー滝で手間取り過ぎた。で、このコルで出会った登山者にそのことを聞くと、今では上部の崩壊が激しくて落石が頻繁にあるので、あのルンゼはほとんど登られていないとの事。む〜古いガイドブックだけを信じて登ってはいけないと言うことが分かった。はじめから支尾根に取り付いていればもうだいぶ上に行っている事だろうし、第一こんなにずぶぬれ状態にはならなかった。晴れで良かった。と思っていたら、そうさっき手こずっているうちにガスが下りてきて、なにやら寒々しくなってきていたのだ。そしてなんとポツポツと降り出した。もう踏んだり蹴ったりである。濡れた服の上に雨具を着る。登山靴も歩く度にクチャクチャと言う。ゴアテックス製の登山靴なのだけど、滝を浴びて足首から入ってしまえば同じ事だ。防水性がいいからかえって水がはけない。

II峰の懸垂下降  それから後は雨で濡れてもかすかに分かる踏み跡をひたすら登り、やがてI峰のピーク着。コルまでの下りも大したモノではなく、そのまま簡単な岩場のII峰のピークにさらに到着。やかで約30メートルの懸垂下降をする下降点に着いた。先ほど支尾根のコルで会って先に登っていったパーティがちょうど下りていて、ザイルをほぐしながらしばらく休む。雨は小降りで細かいのが降っては止んでを繰り返していた。ガイドブックでは、このII峰のクライムダウンから先、山頂までのことは、ほんの数文字の活字でしか書いて無かったが、苦しく中途半端な登りがず〜っと永遠と続いた。さんざん登ってもうだいぶ飽きてきた頃、ふと見上げるとすぐ上にメットをかぶっていない登山者が現れた。一般縦走路だ。その場所はもう山頂直下で、ほんのひと登りで剱岳の山頂に着いた。

 雨は止んだが、薄ら寒い。しばらく休み、記念写真だけ撮って下山にかかる。少し濡れているがしっかりしたクサリや杭が付いているので何の不安もない"カニの横這い"を越してトイレのある平蔵のコル到着。今では土台だけになっている避難小屋の跡があるが、今から10年ほど前に本峰南壁を登りに来てビバークしたときにはちゃんとした石造りの小屋があった。あの時は我らのパーティは早いうちに小屋に入ったが、その後の雷雨で何パーティも逃げ込んできて、みんなびしょぬれの着の身着のままでビバークとなり、私と体がぴたりとくっ着きあった見ず知らずのクライマーの肩が、ブルブルブルブルと一晩中震えていて、こっちも睡眠不足になった思い出がある。今では小屋が無くなってしまい。いきなり雷雨でも来たらどこに逃げ込めばいいのだろう。外見だけは立派なトイレがあるにはあるが、その中と言ったら、詳しい表現をしなくても山屋なら分かるであろう山のトイレそのモノの状態なので、まさかこの中でビバークしたくは無いだろう。私もできればごめん被りたい。だけどせっぱ詰まったらやるのだろうな〜。考えてるだけで臭くなり、鼻の辺りがムズムズした。
剱岳山頂にて
 前剱に到着する頃、一瞬ガスがとれて日が射した。その頻度が下る毎に多くなり、やがて完全に雲の下に出る。遠くの山の日が照った暖かそうな姿が見える。結局、剱の上の方だけ雲がまとわり付いていたのか。ふと気が付くと、自分の雨具から湯気が出ていた。日射しを浴びると見る見る乾きだした。
 前剱も下り、一服剱を過ぎる頃にまたガスの中に入る。視界が極端に悪くなって何となく見覚えのない道を下っていて不安になるが、ふぅと言う感じで小屋がガスの中から現れて、道が間違っていなかった事が分かる。剱山荘だ。

 剱沢に到着するとすでに杉さん達のテントも張られていた。ビールで迎えられる。源治郎尾根の話が酒の肴となる。いゃ〜今日は疲れた。 寝る前までに登山靴の中を乾かさなくてはいけない。明日もどうやら天気は持ちそうだ。

カニの横這い
[5日目〜剱岳ピストン]8/1 晴れ
 今日は全員で一般ルートからピストンだ。天気がいいので気持ちもいい。靴も服も乾いてさらに気持ちがいい。コレで急登が無ければなおいいのだが、そう上手くはいかない。しかし、山も5日目となると体が慣れてきたというのか体調もすこぶるいい。前剱までの登りがさほど苦しくなかった。昨日は天気も今一だったし、私たちが縦走路を歩いた時間も中途半端だったのであまり登山者を見かけなかったが、今日は天気がいいこともあってか沢山の人たちが登っている。しかし、ちょうど昨日の平蔵のコルの避難小屋跡辺りでまたガスの中に入る。もうずっとこんな状態だ。絹虎さんがずっと心配していた"カニのタテバイ"も難なく通過。ゆーちゃんは余裕でデジカメを撮っている。
私とカンスケは昨日歩いている事もあってこの先がよく分かる。道を知っていると自分なりのペース配分ができるから楽だ。やはり昨日よりはだいぶ余裕を持って剱岳山頂に着いた。山頂はやはりガスが巻いていたが、ほんの数分間だけ、ガスを取ってくれた。すると私たちの目の前に八峰が現れる。何ともドラマチックな現れ方だ。どこかに演出家でもいるのじゃないかと思う。
 「もう〜いい〜かい?」と言う感じでまたガスが現れ、私の「ま〜だだよ〜」と言うお願いは聞き入れてくれなかった。

剱岳山頂にて
左から、カンスケ、杉さん、私、ゆーちゃん、絹虎のメンバー勢揃い

 この日は登りよりもかえって下りの方がなぜか疲れた。やはり平蔵のコルから前剱付近でガスがとれた。下り着いた夕方。剱沢からやっとクッキリと剱が見えた。明日の天気予報も悪いので、結局やっと見られたコレが最後の見納めになりそうだ。当初の予定では、明日帰る絹虎さんと分かれて他のメンバーは仙人池へ向かうはずだったが、明日以降の天気も考えて室堂に帰ることにした。

剱沢からの剱岳(8/1) [6日目〜剱沢から雷鳥沢へ]8/2 小雨のち雨
 今回の山行はコレが多いが、"ゆっくり起きてゆっくり出発"した。それでも今日は雷鳥沢までなので余裕で到着する。絹虎さんだけが今日帰りだ。
雷鳥沢も小雨だった。沢筋で少し風がくるが、他のテントから離れた場所を確保。テントを張ってから近くのヒュッテの温泉に入りにいく。私とカンスケは6日ぶりのお風呂だ。二人でいると分からないが、たぶん後から来たみんなにはにおっていたのではないかな。
 温泉にゆっくり浸かりリフレッシュしてビールで乾杯。帰りのザックを背負った絹虎さんをみんなで見送る。その後テントに帰り着き、残り物の食糧を集めて夕食となる。大した降りではないが、雨は止む気配がない。

[7日目〜下山日]8/3 雨
 雨は本降りで降り続いている。いったいとういう夏なのだろう。梅雨全盛期という感じた。雨の中撤収。濡れたザックを背負い出発。そして途中の温泉にまた入浴。お風呂は、登山者や観光客でごった返していたが、雨で冷えた体を十分に温めてくれた。入浴後、食堂で昼食。しっかりと生ビールで乾杯。チョット冷たい雨具にまたそ〜っと袖を通して最後の歩きに出発。室堂から都会人に逆戻りした。

 考えたら丸々7日間。長い山行だった。その割には歩き通した記憶がない。あるのはテントの中で聞いたポツポツという雨音の記憶だった。

以上 川名 匡 




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